BRIGHTON & QUADROPHENIA

Brighton

イングランド南部East Sussex州 Brighton:
Southern TrainでLondon Victoria駅より約1時間30分、National Express(コーチ)でLondon Victoria発着所より約2時間10分

The Who(The High Numbers)は、いわゆるモッズ達に愛されたグループだった。その当時の様子、60年代初頭のイギリスの若者達に焦点を当て、あるモッズ青年の青春の一片を描いたのがアルバム『QUADROPHENIA(四重人格)』。後にそれをベースとして映画化された『QUADROPHENIA(さらば青春の光)』である。
『TOMMY』のファンタジー(幻想世界)とは一味違い、『QUADROPHENIA』では、事実をリアルなファンタジー(物語)にしている。映画では、Jimmyの部屋の壁に貼ってある"モッズとロッカーズの衝突事件の記事"などの小道具が巧妙に当時をよみがえらせ。元ネタのアルバムの方も、「Cut My Hair」の曲の最後でBBCラジオが伝えるニュースが生々ししさを作品に与えている。

映画の中でBrightonは、Jimmyが週末にダンスを踊り、ロッカーズ達とやり合った場所として登場する。そして最後にJimmyが自分探しの旅の果てに辿り着く場所として描かれている。いわば、物語の拠点=深い意味を持つ場所。そして、映画を見た者を惹き付けてやまない場所…。

ここに1冊の本がある。タイトルは『THE A〜Z of THE 1960s』。まさに1960年代の著名人や出来事をまとめた本。その本で、「MODS AND ROCKERS」の項目を開いてみる。
(以下翻訳)「1960年代、モッズとロッカーズの衝突が週末のおきまりになり、特にバンクホリデー(祝日を含んだ連休)の週末がひどかった。そして初めて大事(おおごと)となったものが、1964年5月18日にMargateで起こった小競り合いだった」……(中略)……「その週末、暴動の脅威に怯えた街はMargateだけではなかった。大勢のモッズ達がBrightonに集まり、Southend、Hastingsなどでも争いが起こった。」
つまり、Brightonだけがモッズとロッカーズの衝突が起こった街ではなかったのだが、しかし『QUADROPHENIA』の映画後は、その代表選手として"モッズの聖地"と唱われるようになった。


高校時代、『QUADROPHENIA』にどっぷりはまった私が初めてBrightonを訪れたのは19歳の春だった。
イギリスで地方都市をまわる時は、時間がかかっても安いコーチ(長距離バス)を選ぶのだが、その時はもちろん電車(鉄道)にした。Jimmyと同じ様に"くそったれ"な気分で5時15分のに乗ったのではないが……空は相変わらずなイギリスの空だった。

Brighton駅は海岸から少し離れている。小高い駅からから通りに出れば、まず街を一望できる。遠くにイングランド独特の緩やかな丘が続き、Jimmy達がスクーターでBrightonに向かっている場面が心の中によみがえる。(いつか、スクーターでLondonからBrightonまで走ってみたいものだ。もちろん早朝に出発して…)


中堅都市として栄えているBrightonは、元々George 4世の保養地として選ばれたことによって、有名になった。彼の芸術とオリエンタル嗜好を色濃く残しているロイヤル・パビリオンなどの建物は、Brightonの中の異色であり象徴である。
駅から海岸に出るまでの道々には、たくさんの店が並んでいる。現在は"モッズの聖地"として、その関連のファッションの店やレトロな小物が買える店なども多く見られる。もちろん、60年代の面影に捕われることなく、流行の最先端をいく店々のショーウィンドウは、ロンドン同様にめまぐるしく変わっている。若者の心をつかむ街として、その健在ぶりを見せている。

海岸までの緩やかな坂を下りきると、目の前に大きな通りとそしてそれを挟んで海が広がる。
映画を見た人なら、その通りが、Jimmy達が「We are the mods, we are the mods, we are, we are, we are the mods!」と叫びながら行進した所だと気がつくだろう。そして、道沿い(左右)に立ち並ぶホテルを見て、エースがベルボーイとして荷物を運ぶシーンを思い出すことだろう。

道を渡り、スロープを下りて浜に出る。まず、目を惹くのは海に突き出ているピア・ヘッド(人工岬)。これはBrighton特有のものではなく、イギリス各地の海辺(保養地)に作られている。通常、ピア・ヘッドには小さな遊園地とビアガーデンのようなものがある。The Whoの写真集でも、Brightonのピア・ヘッドの桟橋に立っているメンバーの写真を見ることができる。現在Brightonにあるピア・ヘッドは、当時のものではなく何度か再建されたもの。どういうわけか、意外と火事になりやすい。
さて、そのまま海岸に向かって少し歩いて後ろを振り返ってみよう。さっき下りたスロープが10メートルぐらい先に見える。そして…モッズとロッカーズが衝突しているシーンが、馬に乗った警官が警棒を振り上げて駆け回っているシーンが…目の前に繰り広げられるだろう。The Whoの音楽までも流れてくるような。


ピア・ヘッドの桟橋に近づけは、その下をくぐってみよう。Jimmyがそうしたように。そして、ぶらぶらと歩きながらThe Whoの音楽と出会った幸せを噛み締める。BrightonはLondonと並んで、やはり胸にジーンとくるモノがあった。街の空気が音楽を奏でていた。


あれが、19歳の春。その後、何度かBrightonを訪れ、そのうちの1回は、そこでネオ・ネオ・モッズとしてイギリスでも人気のあるOcean Colour Sceneのライブを見た。予想通り、会場にいる客は"熱い"モッズな男どもが中心。ファッションもバリバリのモッズが多いし、スクーターで乗り付けてくる者もいた(これは、Paul Wellerのライブでも同じ光景だった)。彼らのスタイルを生み出した1960年代。その空気をまだ感じることができるBrightonはリアルさを持ったファンタジーだとあらためて感じた。

(2006/02/05 b-ko)

参考サイト(英語)
・ Brightonに関する総合的な情報: The City of Brighton & Hove Online


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