PETE TOWNSHEND

担当楽器:ギター、ピアノ、シンセサイザー、ボーカル

本名:Peter Dennis Blandford Townshend

1945年:5月19日 IsleworthのNazareth House修道院で、CliffordとBetty(旧姓Dennis)の長男として生まれる。
-------祖父、父、母共にミュージシャンの音楽一家に育つ。
1956年:映画『ROCK AROUND THE CLOCK(邦題:ロック・アンド・ロール/狂熱のジャズ)』でロックに目覚める。
-------母方の祖母Dennyよりクリスマスプレゼントにギターを買ってもらう。
1957年:マンドリン・バンジョーやテナー・バンジョーの演奏もするようになる。
-------Acton County Grammer SchoolでJohn Entwistleと知りあう。
1959年:John EntwistleとThe Confederatesというバンドを結成し、バンジョーを担当。
1961年:Roger DaltreyとJohn EntwistleのバンドThe Detoursにリズムギターとして加入。
-------Ealing Art College入学。様々なアートの理論を学ぶ。
-------(ちなみに初期Whoのポスターやロゴのデザイン等はPeteが手がけている。)
1963年:
The DetoursのヴォーカルがRogerになり、Peteはリズムギターからリードギターへとシフト。The Rolling Stonesの前座を務めた時にKeith Richardsがギターを持ったまま何となく腕を回したのを目にして、それをヒントに風車のように腕を回すウィンドミル奏法を編み出し、Birdmanというニックネームを受ける。

1964年:
初のギター破壊。たまたま会場の低い天井にギターのネックがぶつかって壊れたのを、最初から意図していたかのように装って盛大に破壊したところ盛り上がり、その後のステージでも取り入れるように。Keith Moonもすぐに真似をはじめる。

---The Whoの歴史が始まる---

1968年:この頃からMeher Babaに傾倒しはじめ、後にBabaに捧げるアルバム2枚を自主制作。
1972年:『WHO CAME FIRST』を発表。こちらもBabaに捧げられたもの。
1973年:ヘロイン中毒だったEric Craptonに復活の舞台を提供するべくRainbow Theaterでのコンサートを企画。
-------(『ERIC CLAPTON's RAINBOW CONCERTS』に収録)
1974年:ロンドンのRoundhouseでチャリティ・ソロ・コンサートを行う。以降も時々ソロでコンサートでチャリティに協力。
1975年:映画『TOMMY』のサウンドトラックでオスカーにノミネートされる。
1976年:Ronnie Laneとの共同制作で、Eric CraptonやCharlie Watts等も協力した『ROUGH MIX』を発表。
1979年:カンボジア難民救済コンサートにThe Whoが出演。
-------その最終日、PeteはPaul McCartney率いるスーパーバンドRockestraの一員として演奏に参加する。
1980年:実質的な1stソロとなる『EMPTY GLASS』を発表し、全米5位、全英11位にチャートイン。
-------シングル「Let My Love Open The Door」も全米トップ9位のヒットとなる。

---The Who解散---

1982年:The Who解散と同年に『ALL THE BEST COWBOYS HAVE CHINESE EYES』発表。
1983年:The Who時代の曲のデモ集『SCOOP』発表。このシリーズは以後『ANOTHER SCOOP』(1987)『SCOOP 3』(2001)と続いた。また、出版社Faber and Faberの編集者として働き始める。
1985年:
ライブエイドの為に「After The Fire」を作曲。 7月に行われた同イベントのThe Who再結成ライブでは演奏されなかったが、9月にRogerのシングルとして発表(アルバム収録)

1985年:短編集『HORSE's NECK』(四重人格)発表。
-------Pink FloydのDave Gilmour等と共にバンド「Deep End」を結成し、アルバム『WHITE CITY』をビデオと同時発売。
1986年:Eric ClaptonやJeff Beckと共に100 Clubで行われたThe Rolling StonesのIan Stewart追悼ライブに参加。
1989年:英国詩人Ted Hughesの童話を元にした『THE IRON MAN』発表。John Lee HookerやNina Simone等参加。
-------The Who結成25周年を迎えて行ったTommyライブでは同アルバムからも演奏された。
1993年:『PSYCHODRELICT』を発表し、初のUSソロツアーへ。
-------ブロードウェイ版TOMMY『THE WHO's TOMMY』がトニー賞5部門を受賞。Peteもオリジナル音楽賞を受賞。
1995年:インターネット上の全てのポルノグラフィー、特に児童虐待によるダメージに反対するキャンペーンを開始。
1996年:キーボーディストのJon Carinと2人で小さなクラブを回るツアーを行う。

1996年〜1997年:The Whoが再結成しQuadropheniaツアーを行う。
1997年:『THE WHO's TOMMY』でローレンス・オリヴィエ賞を受賞。
1999年:1971年からずっと暖めていた企画LifehouseをBBCのラジオドラマとして発表。
-------ワーナー・ブラザースが製作した長編アニメ映画『THE IRON GIANT』の製作総指揮を担当。
2000年:ラジオから更に発展し、6枚組ボックスセット『THE LIFEHOUSE CHRONICLES』をネット通販のみでリリース。
-------その発売を記念してライブを行う。
2003年:
1月、ポルノサイトにアクセスする為にクレジットカードを使用したことが発覚。Peteはずっと以前から行っている児童ポルノ撲滅運動の調査の為であることを主張して捜査に全面的に協力し、5月に警告処分を受けたことで騒ぎは終結した。 2004年:4月、Ronnie Lane追悼コンサートに出演。
2005年:
ブログを開設し、小説「The Boy Who Heard Music」の連載を開始。Rachel Fuller関連の野外ライブやフリーライブに出演、12月にはウェブキャスト「In The Attic」の企画ライブ「BASEMENT JAM」に参加した。
2006年:定例化した「In The Attic」のライブの他、Rachel Fullerが関連するイベントやライブに出演。
2007年:
1月、Jim Capaldiの没2周年トリビュートコンサートで演奏。そして引き続き「In The Attic」を盛り上げ、Lou Reed他の多彩なゲストと共演する。3月にはアメリカの大規模な音楽祭South by Southwestに出演。
ウェブ関連では、長年続けてきた公式サイトを一旦休止し、2月に日記用及び自伝用ブログを新たに開設。また、5月にはLawrence Ballと共同で進めてきた参加型プロジェクト「The Lifehouse Method」を本格的に開始した。秋に新しい公式サイトがオープンした後はどちらもサイト内コンテンツとして吸収された。
2008年:4月、Neil Aspinallの葬儀で2曲を演奏。11月にはThe WhoのUSツアーの合間に「In The Attic」に出演した。
2009年〜2010年:自伝の執筆と曲作りに励む。
2011年:3月、RogerのTCTでの『TOMMY』ライブにゲスト出演。その後のツアーを応援するメッセージを発表した。

家族構成:1968年に結婚したKarenとはEmma、Arminta、Josephの3人の子供をもうけたが別居の末離婚。現在の恋人はEel Pie所属アーティスト、Rachel Fuller。


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