Arrest of Pete Townshend

Peteが2003年1月にわいせつ画像所持の疑いで身柄拘束され、そのことが国内でも写真入りのニュースで報じられてから数年が経過した。 当時「捕まった」というニュースのみが注目され、その続報についてはほとんど話題にならなかった。この件についてよく知らないという人も多いだろうし、 また「Peteにそんな趣味があったなんてショック」「自伝を書く為のリサーチの一環だなんて苦しまぎれの言い訳にしか聞こえない」と感じていた人も多いかもしれない。 ここではこの件についての概要、Peteのこれまでの活動と警察に対する対応、その後の経過等について改めて整理する。

※なお、このページを作成するにあたり、The Who及びPaul Wellerサイトである「holidaycamp」(現在は閉鎖)内「Extra! Extra!」の多くの部分を参考にさせて頂きました。チホさん、どうもありがとうございます。また、「Pete Townshend Is Innocent」の全コンテンツも重要な情報源となりました。

重要なポイント 

* Peteは容疑に問われて取り調べを受け、最終的に警告を与えられただけで、起訴されていない。
* Peteは児童ポルノ画像をダウンロード・所持していない。4ヶ月に及ぶ入念な捜査でも発見されなかった。
* PeteはIWF(インターネット監視財団)に対し過去に数回連絡し、児童ポルノサイトのことで注意を促していた。
* Peteは1970年代からチャリティ活動に取り組み、またweb上の児童ポルノに対する怒りを以前より表明していた。
* Peteは少なくとも1994年には過去の性的虐待の経験を公に告白し、1996年には自伝を書くことを発表していた。


身柄拘束時の日本での報道 

2003年1月14日にスポニチ、Yahoo!等で広く報道された内容は以下の通り。

「英国の元人気ロックバンド『ザ・フー』のリーダーでギタリストのピート・タウンゼント容疑者(57)が13日、インターネットで幼児ポルノの有料サイトにアクセスしていたとして、わいせつ画像所持などの容疑で英警視庁に身柄を拘束された。タウンゼント容疑者は英メディアに対し、サイトにアクセスしたことは認めたが『自分が幼児時代に性的虐待を受けたことがあり、執筆中の自伝のため幼児ポルノについて調べるのが目的だった。私は小児性愛者ではない』と説明している。警視庁が、サイトを摘発した米警察から英国の顧客7千人の身元の通報を受けた中に同容疑者が含まれていたという。 」

このニュースだけでは全くバックグラウンドがわからず、「虐待を受けていた」「自伝執筆の為のリサーチ」というのもあまりにも唐突。
また、2008年の単独来日決定後の雑誌記事では「社会派を標榜してきたピートは5年前、児童ポルノサイトを閲覧した疑いで逮捕され、ファンを驚かせもした」との記載もあった。これもまた「社会派ぶっていても実は児童ポルノ愛好者だった」との誤解を与えかねない書き方に思われる。


事件の概要及び時系列順まとめ
1991〜1996年頃

Pete、1991年9月に事故で手首を怪我したことをきっかけに自伝を書くことを決意。ブロードウェイ版『TOMMY』用の作業を行う過程で、自分自身が子どもの頃に受けた性的虐待の経験に気がつく。当時の記憶はあまり鮮明ではなく、元々80年代にセラピーを受けて具体的に思い出そうとしても続けることができなかった程のトラウマとなっていた。1996年には雑誌に自伝執筆の助けとなる資料の提供を求めるアナウンスを行う。

1996〜1998年頃

Ethan Silverman監督によるドキュメンタリー映画『The Waiting Children』(アメリカの夫妻がロシアの少年を養子に迎える話)に感銘を受けたPeteが、ロシアの孤児施設に対して寄付をしようとweb検索していた際に、性的なキーワードなど全く使っていなかったのにもかかわらず、2歳の少年が男性にレイプされている画像を目にする。Peteは全く警告もなく、何の支払いもせず、簡単にその画像がモニタに表示されたという事実に危機感を抱き、それがきっかけでネット上の児童ポルノ問題に取り組むキャンペーンを行おうと決意した。

1999年05月

翌年初頭から始めようと考えていたキャンペーンの為のリサーチの過程で(注:一部のインタビューでは執筆中の本の為のリサーチと語っている。なお多くの記事にはPeteの声明文を受けて『自伝の為のリサーチ』と書かれている。)で、「Landslide」という会社が運営するインターネットポルノサイトにアクセス。サイト内の一覧表を見るためにクレジットカードを使用し5ドル支払った。

1999年09月

Landslide社がFBIにより摘発。 この会社の本拠地はテキサスだが、児童ポルノ法が厳しくないロシアとインドネシアのサーバーを使って、全部で5,700ものサイトを持っていた。

2001年08月 Landslide社を運営していたThomas Reedyに懲役1,335年、妻のJaniceに14年の判決が言い渡された。

その後英国内で「Operation Ore」という名で児童ポルノ捜査が進む中で、Landslide社でクレジットカードを使った顧客リストが世界中の警察に送られた。 クレジットカードを使った顧客は25万人にも及び、このリストは60ヶ国の警察に送付されている。 イギリスだけで7,272人の名前がリストに挙がっており、既に1,200人以上が検挙されている。 その中には、警察官が50人以上も含まれている他、教師、ソーシャルワーカー、判事ら、あらゆる職種の人々が含まれている。 (数字はTIME誌記事に準拠。他の説もあり)
2002年01月16日 Pete、インターネット上の児童ポルノに対する懸念を綴ったテキスト『A Different Bomb』を自身のサイトに発表。(全文の翻訳はこちら

その後、二度の改訂・再掲載(8月:『Operation Ore』についても触れ、 容易に児童ポルノにアクセスできる現状とそのようなサイト主催者がクレジットカードを使い容易に利益を得ていることを懸念、10月:ロンドン警察庁と話したことを追加)を経て、12月にサイト上から一時削除した。
2003年01月11日午前 「イギリスの警察に送られた、Landslide社でクレジットカードを使った顧客リストの中に英国在住の大物ロックスターが含まれている」という記事を『Daily Mail』と『The Sun』の両紙が掲載。 Peteはその記事について友人から電話で聞いて知った。記事には名前は公表されていなかったが憶測が広まり、多数のメディアがPeteの自宅に押しかけた。Peteはそのロックスターとは自分だと記者団に名乗り出た。
2003年01月11日午後 Peteは名乗り出た直後に声明を発表し、リサーチの為にクレジットカードを一度だけ使って児童ポルノサイトにアクセスした事を認めた上で、自らは小児性愛好家ではないと潔白を主張。 その時点でも警察はまだPeteを取り調べる予定はなかった。
なお、当初Associated Press(AP)が「画像をダウンロードしたと認めた」と誤って報道した為に(実際はサイトにアクセスしたのみ)広く誤解を生んだ。APは後に訂正記事を出している。下記BARKS記事でも「児童ポルノを購入したことを認めた」とあるが、その部分は誤り。

【関連報道】
ピート・タウンゼント、児童ポルノ捜査で逮捕
ピート・タウンゼント、小児性愛を否定。児童ポルノは自伝の下調べが目的と語る
2003年01月13日 Peteは弁護士と共に、「一度話し合う必要がある。必要があれば自分と自分のコンピュータを調べてほしい」と警察に自ら連絡。同日午後、双方合意の上でPeteの自宅とオフィスで家宅捜査が行われた。夜にはPeteのコンピュータや資料が押収され、警察署に取調べの為に身柄拘束された(このarrestという言葉が日本の多くのメディアで『逮捕』と訳されたが、この場合身柄拘束・連行といった意味合いが強い。日本で意味されるような逮捕状が出た上での身柄拘束ではなく任意同行の方が近く、勿論拘留されたわけでもない)ので、さらに騒ぎが大きくなった。しかしPeteは約80分の取調べを受けた後、保釈された。

【関連報道】
ピート・タウンゼントが釈放される
2003年01月中旬 Rogerをはじめ、Elton John、Brian May、Jerry Hall(Mick Jagger前妻)、Blackie Lawless(W.A.S.P.)、Eddie Vedder他、多くの身内・友人等がPeteの支持を表明。

【関連報道】
ザ・フーのロジャー・ダルトリー、「ピートは小児性愛者ではない」
ピート・タウンゼントの母親が彼を弁護、虐待を受けていたのは知らなかったと語る
クイーンのブライアン・メイ、ピート・タウンゼントのメディア報道に不快感
ザ・フーのロジャー・ダルトリー、児童ポルノ捜査は「魔女狩り」と英国政府を非難
2003年01月29日 Peteの公式サイトに、管理人であるMattの名前で「PeteがIWF(インターネット監視財団)とコンタクトを取っていたと発表したのに対し、このニュースが流れた当初IWF側はそれを否定していたが、現時点になって実はPeteと数回に渡るコミュニケーションがあったことを認めた」との発表がされ、Pete本人によるコメントも紹介された。(内容については下記BARKS記事参照)IWF側は「データ保護法の規定により、団体へ連絡があった情報についてコメントしたり、詳細を開示することは当人の許可がない限りできない」とのことで、この件についてのコメントを拒否。

【関連報道】
児童ポルノ疑惑のピート・タウンゼント、身の潔白を示す証拠が見つかる
2003年05月07日 Peteの全面的な協力の下、4ヶ月にわたる捜査が終了。Peteが不当な画像の所持はしていないことが確認されたが、本人も認めているようにクレジットカードを使用してサイトにアクセスしたことは事実であり、問題であるとして警告処分が与えられた。その手続きの一環として(形式的に)、Peteの写真、指紋、DNAサンプルが性犯罪者リストに登録されることになった。

【関連報道】
ピート・タウンゼント、児童ポルノで不起訴となるも警察から警告、性犯罪者リストに
ピート・タウンゼント、あの容疑はれた!
2003年05月20日 Pete、沈黙を破り『Rolling Stone』誌にメールを送付。(内容は下記のBARKS記事を参照)以後、雑誌インタビュー等で事件について少しずつ語りはじめる。

【関連報道】
児童ポルノ不起訴のピート・タウンゼント、自伝執筆やチャリティの計画を語る

報道について

Peteが連行された際は大きな騒ぎとなり、The Whoの知名度がそれほど高くない日本ですら新聞に写真入りのニュースが掲載されたほどだった。海外メディアではPeteを擁護する立場を取る記事もあれば、性的倒錯者とみなす記事やThe Whoの曲名・歌詞を茶化して載せる記事等もあり、この件に対しエディターによって様々なアプローチがされていた。

警告処分が決まった時の報道(連行時の報道と比べると格段に数が減っていた)も、日本では一様に「性犯罪者リスト」という言葉が強調されており、記事タイトルだけ目にした人には「Pete=性犯罪者」というイメージが植えつけられた。
記事内容で同じであっても、海外メディアでのタイトルはシンプルに「Townshend Charge Dropped」「Townshend Charge Cleared!」(Townshend、不起訴となる)や「Pete Townshend Cleared Of Possessing Child Pornography」(Pete Townshendの児童ポルノ画像所持の容疑が晴れる)等となっているものもあり、受ける印象が全く異なる。


最後に

上記一覧の「2003年01月中旬」の部分にもある通り、Peteと親しい人々は皆Peteを支持する発言をしており、特にRogerは最初から一貫してPeteの無罪を訴えていた。そのことは2008年に日本で公開されたドキュメンタリー映画『ザ・フー:アメイジング・ジャーニー』で触れられている他、2009年1月22日付の『Daily Express』紙掲載のインタビューでもPeteは「あの時、Rogerは恐れずに自分の味方でいてくれた」と感謝の言葉を述べている。(原文はこちら

お互いの意見が一致しない時にはマスコミを使って表立って言い合うことも少なくない二人だが、この件については真摯にPeteの潔白を主張したRogerと、Rogerのその姿勢に心からの感謝を伝えるPeteの姿に、結局のところ真実がどうだったのかが表われているのではないだろうか。


(2009/02/15 yukie)


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